古田十駕(酒盛正)の文学日記

古田十駕の文学日記

2022年1月17日 時間の実存。

三百四十八枚。いちおう昨日で挿入が終わったが、その挿入部分にまた挿入が必要になった。書くべきことを箇条書きしたメモをとったので、そのメモをもとに今日その挿入を書く。取り敢えず挿入はそれで切りにしたいものだと思う。歩き疲れは足にくるが、書き…

2022年1月15日 心とほどよい距離をとる。

まだ挿入が続いている。もう一週間近くやっている挿入疲れで今朝は一時間近く寝坊した。治療中の痔も痛み出して痛み止めを飲む。今のところ明日までかかる予定。頭の中の字の映像がすっきりしてきたから仕事は捗ると思う。ゆっくりと頑張る。 酒盛正の電子書…

2022年1月13日 蛟の尻尾。

添削や挿入で稿が汚くなったので、いっそ冒頭からきれいにすることにした。一本の長編を書くうちに二、三度そうする。そうすれば頭の中もすっきりして文章を考えるときの負担が小さくなる。するとまた手を入れたくなる。歴史小説の場合、書いた文章を整理す…

2022年1月11日 飛ぶ鳥に荷となるほどの思いあらずか。

このところ挿入ばかり書いていて先へすすまない。昨日、数日がかりの挿入がやっと終わったと思ったら、またあらたな挿入ができて、今日からそれをやる。この章を今月十日ころに終えるつもりだったが、昨日時点でまだ十二、三枚残っていて、一日半枚のペース…

2022年1月9日 つまり何も知らないということかも知れない。

三百四十四枚。昨日も今日も挿入書き。今日は厩戸王の三人の妃の部分。三か所で、五十枚ほど遡る。その部分は歴史書はまったく参考にならない。私は女性の心のうごきのことは書かない、と言うより書けないので、その部分への想像を極力小さくした女性を書く…

2022年1月7日 松の内遅れて舞い込む年賀状

三百四十三枚。三日続けて挿入書き。「紀」には記述があったが、当初それほど重要視せずにいて創作ノートを白紙にしておいた部分。前後周辺を書いているうちに見えてきたことを書いた。前に左右を斬っ払うと言ったのはこのこと。毎日々々何かしらわからない…

2022年1月5日 正月五日は人それぞれの日常。

三百四十二枚。じつを言うと推古にも厩戸王にも馬子にもあまりうまく感情移入が出来ない。感情移入が出来ないと会話が書けない。会話は人間の実存の主要部分で、それが書けないと人間と人間社会の実存という私の小説の骨格が歪になる。しかしそれなりの小説…

2022年1月3日 正月二日は二切れの右紅左白

三百四十枚。全体の三分の一を書き終えたところで行き詰まっている。こういうときはいつも半歩下がって左右に二、三振り斬ッ払えうのだが、正月早々でちょっと丁寧に何とかしたい。何も見えないところを低くかまえて摺り足でゆっくりいく。まあそんな気分だ…

2022年1月1日 正月や人それぞれの帆を立てて

三百三十九枚。今日は新羅との和睦後のところを少し書き足す。馬子が新羅再討伐を考え始めたところを昨日書いたら、それを下書きにして和睦直後のところを加筆したほうがよいと思ったのでそうしてみることにした。書いたところがどんどん消えていき、加筆も…

2021年12月30日 年の暮れ先勝友引吉もほどよし

三百三十八枚。今つかって重宝している「新潮国語辞典」と「国民必携類語大辞典」がもうポロボロで買い換えようと思って、どちらももう新刊では売っていないから古書の値段をたしかめると両方とも結構いい値段だったので、しばらく今のをつかい続けることに…

2021年12月28日 真空斬り。

三百三十六枚。七章の三分の二、新羅との和睦までを書き終える。もっとも翌年に新羅はすぐ和睦の条件を破る。半島のことはひとまずおいて、斑鳩寺建立と太子のことへ筆を移す。「こぼれ放哉」(文藝春秋)を書いたころから文章に無頓着というか、もう身につい…

2021年12月26日 初雪や神仏丸ごと清めたり

三百三十五枚。「紀」の推古八年条に新羅と任那が戦い、倭が任那を救うために一万余の兵を出すという記述があり、倭の動員力からこのことを疑問視する人もいるが、諸事情を勘案して船舶と兵の動員は可能だったと判断し、そのこともふくめて倭軍が新羅の五城…

2021年12月24日 丑年のイブの三ゾロに吠える丑歳の牛

三百三十三枚。昨日病院へ行ってちょっと痛いおもいをする。帰りに古書店へ寄って前に目をつけておいた古語辞典を買う。いつもよりだいぶん早く帰ってこれたが疲れてしまって書くほうは一日棒にする。今日は前章まで逆戻って渡海派遣軍の兵力について書き直…

2021年12月22日 文学は書き手の法楽。

三百三十二枚。遣隋使が復命した隋についての情報を馬子は馬子なりに、太子は太子なりに聞く。額田部女王がどのように聞いたかは想像もつかない。百済が三韓の中で大国隋から格別の信任を得ていることをたしかめた馬子は、百済を助けて新興の新羅を討つとい…

2021年12月20日 道理のグラデーション。

三百三十一枚。第一回遣隋使のところを今日書き終える。古代中国のことはあまり知らないので、いちおう下書きしてある。こういう書き方をするところは得点を期待できない。減点にならないよう心して書く。心ならずも実存的には書けないわけだが、それが長編…

2021年12月18日 時間が細る。

三百二十九枚。隋書に見える倭国遣隋使接見の短い記事から想像される様子を書く。今日はその短い記事の記述の文意の外延を言葉だけが上滑りしないように書く。書く文章をうまくコントロールできないので気が立っている。気がつくとときどき紙を睨んでいる。 …

2021年12月16日 実存の透明な根

三百二十八枚。七章半分書き終える。全二十章の目処で書いているので、全体の三分の一書いたことになる。今日から第一回遣隋使のことを書く。このことは「紀」には記述がなく、隋の史料に頼るしかない。なぜ「紀」に記述がないかということが日本の唯一の史…

2021年12月14日 蛟を探す年の暮れ

三百二十七枚。ここ何日か、穴をあけて爆薬を入れ、爆破して崩した瓦礫を片づけて掘りすすむような書き方で、書き直しが多く、一日書き終えたあとその書き直しについて考えなければならなくなって、それがちょっとした力仕事になってこたえている。もっと楽…

2021年12月12日 野道に続く野道よ

三百二十五枚。ようやく遣隋使派遣の前年、推古在位七年まで書きすすむ。あと二枚半で七章の半分。今朝の朝刊で荻田泰永という冒険家が読書と冒険はまったく同じだと言っていて、そういうふうには考えたことがなかったので、ちょっと意表を突かれた。では書…

2021年12月10日 野道も無門

三百二十四枚。高句麗、百済の関係の記述に一枚挿入。小説としてそれがよいかどうかわからない。小説を書くということの前には書くべきことを書くということと書かないことを見究めるということがあるわけで、書かないことが書くより大事だという場合がマゝ…

2021年12月8日 なるやならずやの剣が峰。

三百二十二枚。どうも小説らしく書きすすまない。小説らしさとは何かということになるのだが、これがまた扱いようでよくわからない話になってしまう。小説とはどうやら動機と手法と目的が渾然一体となったものらしく、それを解析するとわりに自明なものにな…

2021年12月6日 皇帝ダリアごしにオスプレイ飛ぶ

三百二十枚。三韓の駆け引きを十二行加筆挿入。露呈した断層を見ると書かずにいられない。それを添削で残すかどうかは別問題。這ってすすむというよりにじりすすむようになる。目の前の土をほじくり返していると言うべきか。苦労を買って出るのが実存主義の…

2021年12月4日 皇帝ダリア霜にやられてまだ立っている

三百十九枚。慧慈が太子の師になるところを十四行で書き切る。今日はそのあとを書く。太子のことを書こうとすると、必然、高思波のことも書くことになるが、彼は架空の人物なので、その実存から外れないように書かなくてはならない。架空の人物の実存という…

2021年12月2日 皇帝ダリアほぼ立ち枯れる。善哉。

三百十八枚。七章三分の一書き終える。ここからしばらく太子の記述の比重を増やす。今日は慧慈が太子の師となるところ、勝鬘経と維摩経を学ぶ動機づけを書く。太子の仏教の知識は非常にかぎられたものだということが彼の手になるとされる義疏を読めばわかる…

2021年11月30日 皇帝ダリア45°に傾ぐ。

三百十六枚。何としても一日半枚のペースが早まらない。思考と文体が即自と対自の「全体分解的全体」と同じ理屈で一体化していて、思考が客体化されないまま現象的に立ち現れる。だから遅くなるのも早くなるのも我が身の才覚だけではどうにもならない。 酒盛…

2021年11月28日 皇帝ダリア傾ぐ冬空

三百十五枚。三十万の大兵を擁する隋軍が押し寄せると、高句麗は緒戦で善戦したが、平壌城近くまで迫られて謝罪文を送る。隋軍も兵站の不備による食糧不足と蔓延した疫病に行軍元帥漢王諒まで罹患してしまったこともあって停戦を受け容れる。水軍も嵐に遭っ…

2021年11月26日 高々と枯れていく皇帝ダリア

挿入部分の換算次第で三百十四枚になるか。腰が治って楽になる。今年もまだひと月余あるが、年内に七章は書き切れそうにない。自分でも呆れるくらい筆が遅くなってしまって、その遅さを方法論にして開き直るしかなくなった。しかし亀が一所懸命に走っている…

2021年11月24日 冬晴れや兀兀の命

三百十三枚。七章冒頭を書き直したあと読みやすくするために時系列にしたがって文節を組み変える。そのあとを一昨日、昨日で一枚書く。しばらく話のはこびが細々とするので、何度も書き直しと前後の組み変えをしなければならない。折り紙と紙切り芸を合わせ…

2021年11月22日 高思波は故郷忘じがたく。

三百十二枚。隋が高句麗討伐の兵を挙げる直前の三韓、隋、倭が絡む半島の政事情勢を書く。なかなか込み入っていて、そこいらへんの実直な歴史学者などの手に負えるものではない。たぶん現代の政治の実態も同様の奇々怪々なものなのだろう。厩戸太子はそのお…

2021年11月20日 歴史は墓標ではない。炊屋比売が生きていたというそのこと。

七章の冒頭五枚を大幅に書き直して減った枚数に書き足し三百十枚に戻す。小墾田宮の所在地がはっきりしていないので、仮定のうえで書きすすんだところで蓋然性の見地からの候補地の変更が書き直しの理由。似たような書き直しはたびたびする。一部を直すと他…